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June 19, 2005

拝啓、ジョン・レノン様

 「ジョン・レノン・ミュージアム」を訪ねてきました。そんなに大きなジョン・レノンのファンでもなく、ビートルズもそんなに敬愛しているわけではないものの、やっぱり世界の音楽史に多大なる影響を与えた偉大なる人物の功績を一度は見てみたいなと思い、足を運んでみました。

 当然、ビートルズ結成から、ビートルズの栄光、挫折・・・と語られているのですが、このミュージアムが焦点を当てるのは、むしろビートルズを離れた後のジョン・レノン。というか、ジョン・レノンという人間そのものにスポットライトが当てられている。こうやって解説とともに彼の作品を振り返ってみると、彼の歌というのはものすごくストレートで、その時に感じたこと、伝えたかったことが、そのまま詩になって、メロディに乗っている。そんなストレートな思いがとても素晴らしいと思いました。

 ビートルズ時代も、観客の悲鳴で自分たちの音楽がちゃんと観客の耳に届かないのであれば、ライブをやる意味なんかないと、ライブそのものを否定。ビートルズとしてやってきていることに疑問を抱き、その心の叫びを綴った曲が「HELP」。こうやって聞くと、「そのまんまじゃないかい!」って思わず言いたくなる。

 自分と同じ完成を抱いたアーティストとの恋愛に憧れたジョン・レノンにとって、その後のオノ・ヨーコとの出会いはとても貴重な出会いであり、二人で奇妙なことを色々とやっていくのだが、それが、とても純真で微笑ましくも見えた。紙袋に入って暮らして(?)みたり、理想のユートピア国家を作るとか宣言してみたり。でも、一貫して平和への主張を行っており、その手段については賛否両論あったかもしれないが、そんな強い思いが、「イマジン」を生んだのだと改めて知り、なんだか考えさせられちゃいました。

 ミュージアムの最後には、下の写真のようにジョンの名言が一杯並んでいるのだが、そこでは、僕の大好きな「Real Love」が流れていた。この曲、最初に聞いたのは、ジョンの歌声ではなく、わが友あけぽんの弾き語りだったのだが、それがあまりにも素敵で、よく弾いてもらってました。真実の愛の歌を歌っているのに、どこか寂しげなメロディラインが、なんだか気になる曲です。

 家に帰って、棚のの奥でほこりを被っていたジョン・レノンのベストアルバムを引っ張り出してきました。最近、車の中で、よく聞いています。

johnlennon_museum


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Comments

いつかこんなの書いたんだけど,確かkeiにも読んでもらったような気がする.
覚えある?


"Starting Over" in the 21st Century
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今年、2000年は、ジョン・レノンが生きていればちょうど60歳になる年です。

ジョン・レノンは1940年10月9日に、イギリスのリバプールという港町に生まれました。まだ幼い頃に母と父のどちらを取るか迫られ、選んだ母もジョンを伯母に預けてしまい、彼は両親の愛に恵まれないまま育ちます。後に母はジョンのもとに現れるようになり、楽器の手ほどきをしたりしますが、ジョンが18歳の頃、交通事故で他界してしまいます。

学校一の悪ガキだった半面、音楽、詩、絵画などの才能に優れていたジョンは、とある教会でのコンサートでポール・マッカートニーに出会います。この20世紀音楽史における最も貴重な出会いのあと、二人は一緒に曲を作るようになり、ポールの後輩のジョージ・ハリスンが加入し、後にリンゴ・スターも加わって、あのビートルズが結成されます。

ビートルズはご存知のように大成功を収めますが、大歓声で誰にも音楽が届かないコンサートに疑問を持ち始め、メンバー間の不和、レコード会社との間のトラブルが重なり、ジョン自身満ち足りたものではありませんでした。そんな時ジョンは、当時ニューヨークで前衛芸術家として活動していたオノ・ヨーコに出会います。

7歳年上のヨーコとの出会いで、ジョンは恋人を得るだけでなく、同時に幼少時代に失われていた「母」をとりもどしました。彼はヨーコと出会って初めて、26歳にして「精神的自立」「性的自立」を果たした、とも言われています。そしてジョンが30歳の頃にはビートルズは分解し、ジョンはヨーコとともに独自の創作活動を行うようになります。

ジョンは、自分が有名人であり自分の言葉が誰よりも影響力があることを良く知っていました。彼はヨーコとともにニューヨークに移り住み、反戦活動を展開します。ベトナム戦争を激化させるアメリカ政府に対抗し、「WAR IS OVER - if you want it」と世界に語りかけ、国境がない世界を理想とする「IMAGINE」という名曲を発表し、平和を訴えます。

これに対しアメリカ政府は国外退去命令、FBIによる監視・盗聴によってジョンを追い詰めます。活動に挫折したジョンは一時期ヨーコとも別居し、西海岸で酒・薬物漬けの、廃人同様の日々を送ります。

1975年、ジョンが35歳の時でした。ゲスト出演したエルトン・ジョンのコンサートの楽屋でヨーコと再開し、二人はまた一緒に人生を歩み始めます。そして、二人の間に子供が生まれると、ジョンは完全な「主夫」として自宅に籠り、パンとミルク作りに専念するようになります。国外退去命令の撤回も勝ち取り、何も恐れず出国することができるようになったため、毎年夏は軽井沢で、親子3人の幸せな日々を過ごしました。

そして1980年、彼は音楽活動を再開します。「最初の人生は素晴らしい形で終わった。これからまた、ヨーコと第2の人生を生きて行くんだ」と宣言した彼は、新しいアルバムを製作し、名曲"Starting Over"を発表します。この曲は、「今の我々の愛はとても貴重だけど、さらなる高みへ羽ばたこう、まるで初めて恋をしているみたい....」という、将来への希望に満ちた曲でした。彼が凶弾に倒れたのは、その曲の発表直後の、1980年12月8日のことでした。

今年2000年は、ジョンが亡くなってちょうど20年にあたる年でもあります。10月9日、ジョンの誕生日に、ここ日本のさいたま新都心に世界で初めての「ジョンレノン ミュージアム」がオープンしました。ここではジョンのゆかりの品の展示や映像・音楽を通して彼の激動の一生を感じとることで、20世紀がどんな時代だったかを再確認することができます。21世紀を迎える我々にはきっと何か意味のある、ジョンからのメッセージが伝わってくるでしょう。是非一度、足を運んで見てはいかがでしょうか。

http://www.taisei.co.jp/museum/

Posted by: akeo | July 22, 2005 at 10:49 AM

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